期待効用で考える、宝くじを買う理由

「なぜ人は期待値以下の宝くじを買うのだろう。そこに合理性はあるのだろうか───?」


期待値理論と現実の矛盾

計算したところ、1枚300円で売られている1等2億円の宝くじの期待値は、143.99円でした。
つまり宝くじを買っても、儲けるどころかモトが取れない可能性の方が高いことになります。

高校数学では、しばしばギャンブルの期待値と参加金額を比較させ、期待値<参加金額ならば参加すべきでないという前提のもとで答えを導かせるような問題が出題されます。
この合理性の定義に従えば、ジャンボ宝くじを購入しないことが合理的な行動になるはずです。しかし、現実を見ると多くの人が宝くじを購入しています。どうして人は、こんな損をする確率が高いくじを買うんでしょうか?

「合理性」の定義の変更

その疑問に対しては、「世の中には合理的な行動を取らない人が多くて、宝くじを買う人は合理的ではないだけの話じゃないの?」と答える事もできます。至極自然な意見です。

しかし、経済学ではそのようには捉えません。
なぜなら、経済学は人々の行動は全て合理的思考の結果であるという前提で考えるからです。
理論と現実の矛盾が生じたときに、「合理的行動ができないヤツがいる」と答えることはしないのです。

経済学は「現実の現象を数理モデルで説明する」ことがひとつの主眼なのですが、残念ながら期待値の理論では、多くの人が宝くじを購入している事実を説明することが出来ません。
なぜ人は宝くじを買うのか? それを説明するためには、全員が「合理的」な行動を取った結果、多くの人が宝くじを買うという結論が出るように、期待値に代わる新たな合理性の定義を作ることが求められます。

その1つとして期待効用という概念があります。
期待効用を導入することによって、合理的な思考の結果、期待値<価格の宝くじの購入を決定する場合があることが示されます。では、以下から議論していきましょう。

効用とは

経済学で効用とは、人が財から得る満足度の水準を意味します。
ここでは貨幣を保有することによって、ある効用を得ると仮定します。(貨幣効用の存在)

貨幣効用の例としては、0がたくさん並んだ貯金額を眺めることによって得られる満足感だったり、「このお金で何を買おうかなぁ…」という楽しい妄想ができる・・・などが考えられます。

また人々は、「1,000円保有するよりも1,001円保有した方が絶対に良い。金はあればあるほど良い。」と考え、追加的な貨幣保有は必ず効用を増加させるとします。(「選好の単調性」「欲望の非飽和性」などと言います。)

ここで、あなたに考えて欲しいことが3つあります。

1つ目、「2円保有することから得られる効用(満足度)は、1円保有することから得られる効用の2倍か?」
2つ目、「1万円保有することから得られる効用は、5千円保有することから得られる効用の2倍か?」
3つ目、「1億円保有することから得られる効用は、5千万円保有することから得られる効用の2倍か?」


さて、どうだったでしょうか。

これは予測ですが、1つ目については「ハァ?1円も2円も所詮同じ『はした金』だろ。どっちが財布に入ってようが満足度は同じさ。2倍にはならない」と、多くの人が考えるのではないでしょうか。

2つ目については、「1円2円の違いに比べたら、1万円と5千円って結構違うよね。額自体は同じ2倍だけど、満足度の差は1円2円の場合とじゃあ比べもんにならねーわ」と考えるのではないでしょうか。


3つ目の場合は、2つに分かれると思います。

タイプA:「1億も5千万円も保有したことないから良くわからないけど、俺的には5千万円だけあれば十分満足が得られるから、2倍よりは下かなぁ」

タイプB:「金なんてあればあるだけ良いに決まってるだろ?1億円ってお前、億万長者じゃねぇか。1億得たときの満足は5千万円の2倍以上だろ、常識的に考えて・・・」

これをもとに貨幣保有と効用のグラフ、「貨幣の効用関数」U=u(x)を書きますと(Uは効用、xは貨幣保有量)、タイプAの場合は、



このようになっていると考えられます。(便宜上、貨幣保有量の間隔は不正確ですが。)

またタイプBは、



このような凸関数をしていると考えられます。
金の亡者がたくさんいる現実世界ですから、タイプBのような形をしている人が沢山いてもおかしくありませんね。


期待効用とは

効用についての話は一通りしたので、次はいよいよ期待効用について説明します。
でもその前にちょっと、「期待値(=期待金額)とは何か」を考えましょう。

期待金額とは、宝くじのような「ある金額が確率的に支払われる」場合に登場するもので、金額に対して「その金額が得られる確率」をかけたものの総和です。つまり確率的に予想される配当金額を指します。

期待効用というのも同じく「ある効用が確率的に与えられる」ときに登場する概念です。

この宝くじの例だと、「ある当たった金額から得られる効用」に「その金額が当たる確率」をかけたものの総和になります。つまり、「確率的に予想される満足度の見込み」を表します。

期待金額と期待効用の違い

期待効用が期待金額と何が違うかというと、期待金額(宝くじで言えば143円)は誰にとっても同じですが、期待効用は人によって違ってくるという事です。
それを理解するために、単純化したモデルで考えましょう。

まず簡単化のために、1等2億円しか配当がないような宝くじ(1枚300円)を考えます。
また1等が当たる確率は1/100万であり、宝くじは1枚しか買えないとします。

このときの期待金額は、2億円×(1/100万)=200円となり、これは誰にとっても同じです。
しかし期待効用を考える場合、期待効用の式は(2億円から得られる効用)×(1/100万)となります。

この「2億円から得られる効用」って、人によって違いますよね。先ほどの2つのグラフを見れば分かると思いますが、タイプBのような金の亡者にとっては、2億円から得られる効用ってものすごくでかいんですよ。

期待効用による合理性の定義

ここまで話したら、「いったい何を基準に宝くじを買うか決めるの?」と思っていることでしょう。

単純に期待金額で考えた場合は、期待金額と参加費を比べました。
それに対して期待効用で考えた場合は、宝くじの買った時の期待効用(2億円から得られる効用×1/100万)」と、宝くじを買うかわりに参加費(300円)を保持して得られる効用を比べることになります。
つまり新たに定義した「合理性」とは、「宝くじを買った場合と買わない場合の満足度を比べ、大きいほうを選択する」という事です。


期待効用をEU、300円から得られる効用をu(300)とすると、

EU<u(300)のときは、宝くじを買わない。(300円をそのまま保持していたほうが満足度が高いから)
EU>u(300)のときは、宝くじを買う。(300円を保持するよりも、宝くじを買ったほうの期待効用が大きいから)

このような結果が得られます。

さきほど「タイプBのような金の亡者にとっては、2億円から得られる効用ってものすごくでかい」と述べました。
つまり、タイプBにとってこの宝くじは、タイプAのような個人よりも期待効用が大きいんです。そして中にはその期待効用の値がu(300)を上回る人もいるでしょう。そのような人にとって見れば、宝くじを買うのが合理的な行動なのです。
(ちなみに厳密にはタイプAでも宝くじを買う可能性はあります)

以上、期待効用の導入によって、合理的思考をする人でも期待値<価格の宝くじを買うことがある、ということが示されました。
つまり、経済学の前提(全員が合理的行動を取ること)を崩すことなく、うまく現実を説明することができた訳です。


以下は蛇足です。

補足1:セントペテルスブルグの逆説

これまでは「期待値が参加金額よりも少ないのに参加する例」を取り上げてきました。

しかしここでは、この逆である「期待値が参加金額よりも多いのに参加しない例」を紹介しようと思います。

コインを投げて表が出たら賞金がもらえるゲームがあるとします。しかも幸運なことに、投げ続けて最初に裏が出るまで何度でも続けられるとします。
このとき、表が出た回数が1回ならば200万円、2回ならば400万円、3回ならば800万円という形で、表が出続けた場合には、賞金の額は無限に増え続けていきます。
一般的に書くと、n回連続して表が出たあと(n+1)回目に裏が出てゲームが終了した場合の賞金額は、2のn乗×100万円となります。
さて、このゲームの参加金額がもし1000万円だったら、あなたは参加しますか?



期待値を考えてみましょうか。


200万円もらえる確率=1回目で表、2回目で裏が出る確率だから1/4 …… 積は1/4×200万=50万

400万円もらえる確率=2回目まで表で、3回目で表が出る確率だから1/8 …… 積は1/8×400万=50万

800万円もらえる確率=3回目まで表で、4回目で裏が出る確率だから1/16 …… 積は1/16×800万=50万
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2のn乗×100万円もらえる確率=n回目まで表で、(n+1)回目に裏がでる確率だから …… 積は×(×100万)=50万


これらを合計していくと、50万+50万+50万+50万+50万+・・・・・・・=∞

なんと、無限大に発散してしまいます。つまり「期待値と参加金額を比較するやり方」で考えてしまうと、参加金額がいくらであろうが参加することが望ましいということになってしまいます。


でもよく考えてください。

参加金額の1000万円を取り戻すには、少なくとも表を4回連続で出す必要があります。そのときの賞金額は1600万円以上だから得をしますが、4回未満だと確実に損をするわけです。

表を4回連続で出す確率って・・・1/16か。てことはその逆は15/16だから、93.7%の確率で損ってことになるじゃないですか!

こんなゲームだれも参加しないってのは直感的に理解できると思います。でも「期待値と参加金額を比較するやり方」では、参加することが望ましくなってしまうんです。これを「セントペテルスブルグの逆説(Saint Petersburg paradox)」と呼びます。

これも「誰しもが合理的な行動を取るわけではない」と考えればそれまでなんですが、合理的な経済主体を想定している経済学では、そのような説明はできません。

じゃあどうするの?となりますが、ここでもやはり期待効用が、うまく説明してくれます。

まず、貨幣効用関数が下の赤い曲線のようになっている個人を想定します。



貨幣が増えれば増えるほど、追加的な1単位の貨幣の増加がもたらす効用は逓減(2回微分の値が負)するという効用関数です。

この個人は、「そりゃお金はあればあるだけ良いと思うけど、ある程度溜まったら十分だよ。それ以上はむしろ要らなかったりするなぁ。あまりにも巨額だと納税とか面倒だし。」にように考えているので、このような形状を取ります。(このような個人は「危険回避的」と言います。)


この個人の期待効用を考える前に、何故さっきの期待値のやり方では矛盾が発生したのか?ですが、その答えは「有限の値である参加金額に対して、期待金額が無限大になるから」です。
では何故期待金額が無限の値を取ってしまうのか?ですが、それは期待金額を計算したところを見てもらえれば分かると思います。
50万+50万+50万+50万+50万+・・・・・・・と、結局どこまで計算しても50万という一定の値が出てくるから、無限大に発散してしまうんです。


ところが、期待効用で考えた場合は無限大に発散することはありません。

期待効用は、「ある当たった金額から得られる効用」に「その金額が当たる確率」をかけたものの総和でした。この逆説のゲームで考えると、



こういう式になります。

この個人のように、「貨幣が増えれば増えるほど、追加的な1単位の貨幣の増加がもたらす効用は逓減する」ならば、「ある金額から得られる効用」の増幅が段々と減っていく訳ですから、 上式の右辺の項は、右にいけば行くほど徐々に減っていき、やがてゼロになります。

このとき、総和である期待効用の値は有限となり、参加金額との比較が可能になります。その値が「参加金額である1000万円を保持したときの効用」を下回るならば、その個人はこのゲームに参加しないことになるでしょう。

これで、期待値が参加金額よりも多いにも関わらず参加しない矛盾に関して、説明ができました。

補足2:期待値=期待効用のケース

ここまでどちらかというと、期待値についてネガティブな説明をしてきました。
しかし、期待値で考えることは経済学的に絶対間違いか、と言ったら、必ずしもそうでもありません。

先ほどの図の45°線を見て欲しいんですが、この線はU=u(x)=xの関係、つまり「ある金額から得られる効用」と、「その金額の量」がイコールってことですよね。

もし仮に、誰かがこの45°線の効用関数を持っていたとして、その人の期待効用を考えてみましょうか。





逆説のゲームの場合の期待効用は、この式でした。U=u(x)=xですから、U(200万)=200万、U(400万)=400万、U(800万)=800万、・・・となる訳です。

それをもとに期待効用を計算すると、50万+50万+50万+50万+50万+・・・・・・・=∞となり、なんと期待値で考えた場合と同じく無限大に発散してしまいます。



実はこれは当たり前のことですね。期待効用を計算するとき、期待値で配当金額(つまりx)があったところに、効用U(x)を入れますが、この個人の場合U=u(x)=xですから、このとき期待効用=期待値になるんです。

まとめると、45°線の効用関数を持った個人の場合、期待効用=期待値となるので、期待値で考えた結果と期待効用で考えた結果は必ず等しくなるということになります。

だからそんな個人の場合は、期待値で考えることは経済学的には間違いではありません。



しかし、世の中色んな人がいます。
人生色々、会社も色々、効用関数も色々なんです!w
もし世の中がこのような45°線の効用関数を持つ個人ばかりだったら、期待値だけを考えてれば良いんですけどねぇ。

First Written: 2007.06.23
Last Modified: 2010.06.16
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